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キレイな呉昌碩

78年広告コピーのとおり、当時、Lではネクタイは販売していませんでした。
ところが、あるイタリアの会社の者と称する人物が、こともあろうに日本橋TにLのネクタイを売り込みにきて、しかも、そのネクタイはL社公認のものだと説明したそうです。 幸いなことに、Tは、Lがネクタイをつくっていないことを知っていたので、すぐに連絡をくださり、ことなきを得ました。
しかし、もしこれがTではなく、こと取引のない百貨店だったらどうこの話を信じてしまうかもしれません。 あるいは、実際にネクタイを買いつけてしまった後だったら、どうなっていたでしょう。
問題が面倒になるだけでなく、ブランドの信用を傷つけることにもなりかねません。 この事態を深刻に受け止め、さっそく、新聞に広告をうつことにしました。

そのなかで、ネクタイや時計、セーターなど、Lが製造していない模造品への注意を呼びなっていたでしょう。 何か問題の芽が生じたときにはすぐに手を打つこうした対応は、ブランドにとって非ひとつの習慣常に重要です。
こうした経験から、問題の芽はなるべく早くなくすことが、になりました。 こんなところでも、すでに芽生えていたのかもしれません。
Lのトランクを見て、「さすが貴族出身の監督は違うね。 自分のイニシャルをトランクに描かせているんだから」と語ったというEエピソードが、フランスの新聞に紹介されていたことがあります。
つまり、イニシャルはこと同じ「L」です。 しかし、イニシャルが同じだったことは単なる偶然にすぎません。
最高の質を求め、一切の妥協を許さなかったG監督は、品質の確かさと美しさを認めたからこそ、Lを愛し、撮影のロケ現場にも、自分自身のMを持ち運んでいたようです。 パリのL社には、彼が所有したトランクの鍵番号などを登録した顧客カードが残っています。
生涯を通じて常連客だった、V監督が42個のLを求めていたという事実が顧客カードからわかりましたので、遺族の了解を得てそれを記事中で紹介しハンガーラックのついた大型のワードローブをはじめ、特別に注文した撮影現場ました。 用の簡易椅子やピクニックセットなども含まれていました。
彼の遺作となった76年公開の映画「I」は、20世紀初頭のイタリア貴族社会を描いた作品ですが、演出の際、V監督は、その時代に製造されたLヴィトンの旅行鞄を集めるのにこだわったそうです。 それは、映画監督としてのたぐい稀な美意識、リアリティーへの飽くなきこだわりだけでなく、物語当時のMの柄が、まだプリントではなく、綿密に一点一点手で描かれていたことを知っていたからだったのではないでしょうか。
映画のリアリティーを追求するうえで小道具ひとつにも一切の妥協を許さなかったといわれる、V監督が、ストーリーと同時代につくられたオリジナルのMにこれほどまでに執着したのは、V家の血を継承する者としての高い誇りと美意識を持つ彼にとって、それが欠かせないものだったからに違いありません。 こうしたエピソードを通じて、こというブランドが追求しているこ、だわり、美意識を表現する試みは、イブ・モンタンの映画「仁義」のなかで出てくる、トランクの使われ方に関する話などに続いていきます。
こころ先の「旅の真髄」シリーズが世界共通の広告だったのに対し、これら記事風の広告は、いずれも日本独自のもので、「ブランド展開の初期には、商品を露出するよりも、徹底してブランドに対する理解を深めてもらう」という方針に基づいたものでした。 統一したブランドイメージを浸透させるという意味では、世界共通の広告フォーマットを各国で使うというのが常識的な考え方です。

しかし、Lの場合、フランスはもとよりヨーロッパでは、歴史と伝統のあるブランドとしてすでに認知されていましたし、アメリカでも、古きよき時代の豪華船のイメージがある程度、浸透していました。 それに対し、日本では、まずハンドバッグとボストンバッグの爆発的な人気から始まつLブランドの正しい理解を確立するためには、日本独自のPR、広告活動が必要であると考えました。
そのため、仏L社に、広告予算の約半分を日本で独自に制作する広告に使いたいと説得を重ね、やっとのことで許可を得ることに成功しました。 ブランドの価値を正確に理解してもらうためには、単に「見てきれい、素敵」だけでなく、「ストーリーとしての一貫性」が重要だと思います。
一貫性があるからこそ、お客様のなかにストーリーが蓄積されていき、その蓄積によってブランドの考え方なり哲学が伝わるからです。 日本が欧米の固と違うのは、ファッショナブルなライフスタイルを追いかける若い女性たちが、顧客として大きな層を形成しているところです。
台湾や韓国、香港、そして今後、中国でもそうなってくるかもしれませんが、こうした現象は、欧米ではあまり見られません。 高級ブランドというのは、もともと「持つべき階級」がかぎられているものだったからです。
持つべき階級でないと「それは盗んできたのか」と言われかねない社会構造になっていたためです。 特にヨーロッパでは、持っている階層が決まっています。
アメリカはヨーロッパとは少はっきりと所得層で分かれており、最初からブランドにまったく興味を持たない人もたくさんいます。 そうした社会構造にない日本では、欲しいと思えば若い人でも持つことができる自由な考え方があります。
これを「ブランドの民主化」と呼んだりする人もいますが、慣習に縛られることなく、個人の価値観を自由に表現できる、という点でよいことだと考えています。 日本には、「いいものを大事に、長く使う」ことを美徳とする価値観が古くからあります。

「値は張るが、いいものは長持ちするので、結局、得をする」という考え方です。 こうした価値観が生まれたのは、日本という小さな国のなかでたくさんの人々が生活しかぎられた資源を大切にするという知恵を身につけざるをえなかったからだと思いますが、これが、「丈夫で長持ちする、しかも機能的」であるLが広く受け入れられた土壌としてあると思います。
Lは、収納するものをしっかりと守る堅牢な箱であって、水性に富み、無骨、質実剛健です。 エレガントで、豪華な半面、壊れやすい、それでいて貴重だという、ブランドシンプルです。
いまになって考えますと、Lが日本で、この25年間、コンスタントな成長を遂げ、世界一の市場になったその基礎は、当初の10年間に広告Lのルーツを知ってもらうためのものや、ブランドにまつわる興味深い物語を紹介したものなどで築き上げられたのではないかと思います。 1990年代の半ば、全世界で行ったイメージ調査の結果、アメリカよりも日本のLの歴史や伝統を知っているという統計結果が出ました。
これは、私にとって意外な結果でした。 なぜなら、アメリカでは、大西洋豪華客船旅行時代からLは有名だったと思っていたからです。
しかも、Lブームが日本に上陸する以前から、二ューヨークでは、すでにファッションモデルたちが大きなキーポルを持ってショーからショーへ移動していたと聞いていたからです。 いろいろな形で発信していくことが最も大事だ、ということが世界共通のものであるということを改めて確認しました。


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